東京地方裁判所 平成2年(ワ)9395号 判決 1992年9月16日
原告
齋藤行雄
右訴訟代理人弁護士
遠藤直哉
同
村田英幸
被告
有限会社清川ビル
右代表者代表取締役
清川淑子
右訴訟代理人弁護士
中島晧
同
二瓶修
同
湯浅正彦
同
田中和義
補助参加人
京葉都市開発株式会社
右代表者代表取締役
河野紘
右訴訟代理人弁護士
小村義久
補助参加人
三菱セメント建材株式会社
右代表者代表取締役
佐藤健一
右訴訟代理人弁護士
冨田武夫
同
渡辺修
同
吉沢貞男
同
山西克彦
同
伊藤昌毅
右冨田武夫訴訟復代理人弁護士
峰隆之
主文
一 被告は、原告に対し、金三億八三三一万九一〇九円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告の主位的請求のうち、その余の部分を棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求・瑕疵担保責任に基づく原状回復請求)
1 被告は、原告に対し、金四億三四七三万四〇五〇円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
(予備的請求その1・瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求)
1 被告は、原告に対し、金三億〇一一六万〇七三一円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
(予備的請求その2・不法行為に基づく損害賠償請求)
1 被告は、原告に対し、金三億三一〇二万一〇八一円及びこれに対する昭和六三年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
(予備的請求その3・債務不履行に基づく損害賠償請求)
1 被告は、原告に対し、金三億三一〇二万一〇八一円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
(主位的請求・瑕疵担保責任に基づく原状回復請求)
一 請求原因
1 売買契約
原告は、被告から、昭和六三年五月三〇日、別紙物件目録一、二記載の土地及び同三記載の建物(以下それぞれ「本件一の土地」「本件二の土地」「本件建物」という)を、一括して代金六億七三一七万九〇五〇円で買い受け(以下「本件売買契約」という)、右売買代金を支払った。
2 目的物の瑕疵
本件建物の建築は外壁工事・防水工事等が手抜き工事であったため、本件建物には、別紙瑕疵等一覧表(一)ないし(四)記載のとおり、外壁等に多数のクラックが生じ、著しい雨漏りがし、また、水道管の破裂、汚水浄化槽からの漏水、振動障害等を引き起こす原因となる、通常発見困難な瑕疵が、本件売買契約締結時に存在した。
3 契約目的の不達成
本件建物の雨漏りは、構造上、設計上、施工上の根本的なもので、これが今後発生しないようにするためには、外壁を一度はがして工事し直さなければならないが、現在本件建物には入居者がいるのでそれも不可能であり、各部屋で漏水が発生し、壁紙がはがれたり、湿気がこもって虫がわいたりしているため、現状のまま建物を使用することも社会常識的に困難であるから、結局、建物を使用収益するという本件売買契約の目的を達成することは不可能である。
4 解除の意思表示
原告は被告に対し、本件訴状をもって、本件二の土地及び本件建物について本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右訴状は平成二年八月二日被告に送達された。
5 被告の商人性
被告はビルの管理等を業とする有限会社である。
6 よって、原告は、被告に対し、右解除に基づく原状回復請求として本件売買代金のうち、本件建物の価格相当額一億七八一二万五〇〇〇円及び本件二の土地の価格相当額二億五六六〇万九〇五〇円の合計金四億三四七三万四〇五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年八月三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、若干のクラックがあったことは認め、雨漏りの程度が著しいことは否認し、その余は知らない。
3 同3は否認する。本件建物は、マンションとして現在殆どの部屋が入居・使用中であって、全面的な建て替え工事をしなければ居住の用に供し得ないという状態にはない。
4 同5は認める。
5 同6の本件二の土地の価格相当額は争う。
三 抗弁
1 解除権の消滅
原告は、本件売買契約後の昭和六三年九月九日、訴外児島敏和(以下「訴外児島」という)に対し、本件一の土地を売却し、契約の目的物の返還を不能にしたから、解除権は消滅した。
2 買主の悪意・過失
原告は、本件売買契約当時、前記瑕疵があることを知っていたか、少なくとも以下に述べる事実等によって前記瑕疵があることを知り得た。
(一) 本件売買契約は、原告における相続税の対策と訴外児島における土地取得という双方の需要を充足させるために、両者で共同して推進したものであって、両者の間には密接な関係があり、経済的に一体あるいは訴外児島を原告の代理人と同視できる立場にある。そして、訴外児島は本件売買契約以前から本件建物のクラックの発生等を熟知していたのであるから、原告もこれを認識していたか認識し得た。
(二) 原告は六億七〇〇〇万円強の大金を投じて本件土地建物を購入するのであるから、事前に建物の性状について慎重に調査検討していたはずである。
(三) 実際に原告は、本件売買契約前に数回にわたって現地を検分しているのであり、その時既に外壁には多数のクラックが存在し、一部はコーキング補修もしてあったのでクラックの発見は極めて容易であった。当時は空室が三、四室あり、室内に入って雨漏りの状況を確認することもできた。また、住人からクラックの発生や雨漏りの状況について聴取することは容易であったし、管理していた金子総業には雨漏りの苦情が再三寄せられていたのであるから、金子総業に聞けば容易に右事実を確認できた。
(四) 本件売買契約締結の際、仲介者である有限会社泰和の代表取締役上東野泰司(以下「訴外上東野」という)は、本件建物に雨漏りが生じていることを原告に説明した。
(五) 原告は本件売買契約締結の二、三日後、仲介者である訴外上東野から本件建物の修理費等に充てる趣旨で六〇〇万円を受領している。何も知らない買主であったら非常な不安を感じるはずであり、解約等の話が持ち上がって然るべきところ、そうした事実がないのは、原告において本件建物に修繕が必要な瑕疵があることを知っていたか知り得たからである。
3 除斥期間の経過(民法五六六条三項)
原告は、遅くとも昭和六三年八月までに、前記瑕疵を知った。
ところが、本件訴えの提起は、その時から一年間を経過した後の平成二年七月二七日である。
4 瑕疵通知義務の懈怠(商法五二六条)
原告は貸しビル業を営む者ないしそれと信義則上同視し得るものであって、本件は商人間の売買であるから、原告は商法五二六条の目的物検査義務及び瑕疵通知義務を課せられているにもかかわらず、本件建物を受け取ってから遅滞なく検査をし、被告に対して瑕疵を通知することを怠った。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1のうち、原告が訴外児島に本件一の土地を売却したことは認めるが、解除権が消滅したことは争う。本件売買契約の目的物である本件一の土地と本件二の土地及び本件建物とは可分であり、本件解除の対象ではない本件一の土地を売却したとしても、原告の解除権は消滅しない。
2 抗弁2の本文は争う。同(一)ないし(三)は否認ないし争う。同(四)は認める。ただし、同時に、原告は訴外上東野から、その瑕疵は完全に修理されたと聞いた。同(五)のうち原告が本件売買契約締結の二、三日後、仲介者である訴外上東野から本件建物の修理費等に充てる趣旨で六〇〇万円を受領したことは認め、その余は争う。
3 抗弁3のうち、原告が瑕疵を知った時期は否認する。民法五六六条三項の除斥期間の起算点は、解除の場合、売買契約の解除原因となる程度の重大な瑕疵を知った時と解すべきであるところ、右の意味で原告が瑕疵を知ったのは、平成元年八月七日である。
4 抗弁4は争う。
五 再抗弁(抗弁2、3に対して・売主の悪意)
本件土地の売主である被告の代表取締役である清川節子は、本件売買当時、前記瑕疵を知っていた。
六 再抗弁に対する認否
否認する。
(予備的請求その1・瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求)<省略>
(予備的請求その2、3・不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求)<省略>
第三 証拠<省略>
理由
一主位的請求(瑕疵担保責任に基づく原状回復請求)の請求原因について
1 本件売買契約
請求原因1(売買契約)の事実は当事者間に争いがない。
2 本件建物の瑕疵
(一) 別紙瑕疵等一覧表(一)ないし(三)の証拠欄に記載した証拠(同表(四)の証拠を含めこれらの書証については、証人齋藤和行の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる)によれば、本件建物の各室内において、同表一記載のような雨漏りがあり、その結果、天井・壁にしみが発生し、虫がわく、内装の壁紙がはがれる、床が沈むなどの被害が生じたこと、同表二に記載したとおり防水工事に不完全ないし不適切な点があったこと、本件建物の外壁等に同表三記載の亀裂(クラック)が発生していること、右防水工事の不完全・不適切及びクラックが同表一記載の雨漏りの原因であることが認められる。
(二) 右防水工事の不完全・不適切が本件売買契約前に存在した瑕疵であることはいうまでもない。また、<書証番号略>によれば、右瑕疵は本件売買契約において明示されていた事項ではないことが認められ、かつ、建物の防水工事が完全・適切かどうかという点は、その専門家でない限り、不動産取引について知識経験を有する者であっても、通常、認識・判断の困難な事項というべきである。
(三) 各室の雨漏りは、本件売買契約前から存在したものであるが、売買契約後にも著しい雨漏りが生じていることが前掲証拠により認められる。したがって、天井・壁のしみ等、雨漏りが原因の瑕疵は、そのうちの相当部分が売買契約後のものであることになるし、また、天井・壁のしみ、内装の壁紙のはがれ等は、概ね、一見すれば明らかな瑕疵であって、民法五七〇条の隠れた瑕疵にあたらない。同表(三)記載のクラックもその点では同様である。
しかし、<書証番号略>によれば、外壁のクラックが発生した原因は、コンクリート製メース板の上に二丁掛タイルという大型の外装タイルが馬踏み目地で(メース板とメース板に跨がって)貼り付けられていること等の設計・施工上の欠陥のため、地震等の外圧が働いた場合、馬踏み状態のタイルに亀裂が入り易いという点にあることが認められる。なお、<書証番号略>においては、クラックとは別の雨漏りの原因として、構造上雨仕舞いの悪い部分があることも指摘されている。
こうした設計・施工上の欠陥は、専門家である調査をまって初めて明らかになる性格のものと考えられるから(<書証番号略>)、売買契約時存在した通常容易に発見できない瑕疵というべきである。
(四) 別紙瑕疵等一覧表(四)の証拠欄記載の証拠によれば、本件建物の水道管は、本件売買契約の後三回にわたって破裂・出水事故を起こしていることが認められる。平成元年一〇月の場合は、地中の水道管が破裂し、構造上排水され難いところへ大量の漏水があったため、地面は泥沼化し、一〇一号室のリビングルームの床を全部はがして修理を行った。そのため同室は一週間位住めなくなり、その後五か月にわたり賃料不払運動に発展する原因となった。水道の鉄管を見ると錆びてボロボロになっており、その中のビニール管が剥き出しの状態で脆くなっているため、同様の事故が何時また発生するか判らない状態であると認められる。新築後間がないのに、このような状態になった理由としては、水道管の埋め戻しをする際、山砂のような良質の土ではなく海砂等を使ったことが疑われる。
同表記載のとおり、平成二年八月浄化槽から汚水が大量に漏れている事実が判明した。プラスチック製の浄化槽にもともと傷があったかあるいは埋設する際に損傷を受けたためと考えられるが、周囲の地中への汚水の浸透によって、現に悪臭が発生しており、地盤沈下、建物の傾斜、汚水の噴出等に発展する危険性がある。
右水道管及び浄化槽にかかわる瑕疵は、売買契約時存在したものと認められ、かつ一般人にとっては、異常が起こって初めて問題の存在に気づく性質の通常容易に発見できない瑕疵と認められる。
(五) このほか、本件建物には振動障害が存在することも認められるが(<書証番号略>)、その程度や危険性及び原因については、証拠上も必ずしもはっきりしない面があるから、瑕疵としては認定しない。
3 契約内容の不達成
(一) 本件建物のような新築後間もない鉄筋コンクリート造の居住用建物(いわゆるマンション)に対し、一般の人々が期待するレベルからみるならば、現に発生しているような種々の被害を伴う大規模かつ重度の雨漏りの発生する可能性があることは、殆ど致命的な欠陥に近いものというべきである。
右認定のような原因・態様の水道管破裂事故の発生する危険や浄化槽からの汚水漏れも、同様に重大な欠陥であることはいうまでもない。
(二) そして、雨漏りの主要な原因の一つである外壁のクラックは、前記のように外壁の構造的な欠陥に由来しており、この欠陥を除去するためには抜本的なやり直しが必要で、経済的合理性の範囲内で修理することは不可能であると認められる(<書証番号略>)。一時凌ぎの弥縫的な修理はできても、補修の程度にとどまる限り雨漏りの再発を防ぐことができないことは、本件建物を建築した(<書証番号略>)補助参加人京葉都市開発も認めているところである。
また、水道管と埋め戻し土の取替えや浄化槽の交換が相当な大工事であって、居住者の生活に甚大な支障をきたすことなくして行い得ないものであることも明らかである。
(三) 補助参加人三菱セメント建材は、本件建物が、現在マンションとして使用されており、殆どの部屋が入居・使用中であることから、全面的な建て替え工事をしなければ居住の用に供し得ないという状態にはないと主張するが、<書証番号略>によれば、平成四年五月現在五室が空室であること、入居しても比較的短期間で出て行ってしまった人が多いこと、その理由はすでに述べた本件建物の瑕疵の存在にあることが認められる。前述のように、水道管破裂事故に起因して居住者から賃料不払運動が起きたこともある。
(四) 前記のように本件建物の瑕疵は重大であって、そのうちには構造上の瑕疵であるため建て直しをしなければ直らない性質のものがあることも考慮すると、本件建物を賃貸して使用収益するという本件売買契約の目的は、達成することができなくなったというべきである。
4 解除の意思表示
解除の意思表示がなされたことは当裁判所に顕著な事実である。
ところで、本件建物とその敷地である本件二の土地は、本件売買契約上不可分一体のものと認めるべきであるが、本件一の土地は、右土地建物と一括して売買され、本件二の土地と隣接した土地ではあるが、本件売買以前から地番の異なる土地で形状(鑑定の結果)、利用可能性等からみても取引上の不可分一体性はないと認められるから、本件建物についての瑕疵の存在を理由として、本件売買契約のうち本件建物及び本件二の土地のみに関する部分を解除することが可能であると解すべきである。
5 被告の商人性
被告がビルの管理等を業とする有限会社であることは当事者間に争いがない。
二抗弁について
1 解除権の消滅
原告が、訴外児島に対し、本件売買契約後の昭和六三年九月ころ、本件一の土地を売却したことは、当事者間に争いがない。
しかし、前記のように、本件売買契約は、本件一の土地に関する部分と本件二の土地及び本件建物に関する部分とで取引上可分と認められ、後者に関する部分のみを解除することができると解されるから、右解除の範囲外である本件一の土地を原告が他に売却したことによって本件二の土地及び本件建物に関する部分の解除権は消滅しない。
2 買主の悪意・過失
(一) 売買の目的物に通常容易に発見できない瑕疵があっても、買主が、売買契約当時、瑕疵があることを知っていたか、知らなかったことにつき過失がある場合は、結局「隠レタ」瑕疵といえず、売主は瑕疵担保責任を負わないと解される。ただし、瑕疵の一部につき、悪意または過失があったにすぎない場合、直ちに瑕疵担保責任の追求ができなくなるものではない。とくに、買主に悪意または過失の認められる瑕疵が軽微で、契約の目的を達成できない程度に重大な瑕疵の存在については悪意または過失が認められない場合、買主の解除権が否定されるのは相当でないから、右の場合「隠レタ」瑕疵があるものとして、解除することができると解すべきである。
(二)(1) <書証番号略>、齋藤証言、及び<書証番号略>によれば、本件建物には本件売買契約以前、既に外壁に相当数のクラックが存在し、各室内における雨漏り被害も、昭和六二年夏の大漏水を初めとしてかなりの程度に達していたと推認されること、原告及びその次男である齋藤和行は、昭和六三年一月、訴外児島の案内で本件土地建物を見に来て、別紙瑕疵等一覧表三記載のクラックのうち、一階正面入口西側面壁に発生している一本のクラックを目にしていること、売買契約前にも空室があり、室内の状況を確認することは容易であったし、居住者や本件建物の管理にあたっていた金子総業からクラックの発生や雨漏りの状況について事情を聞くことも可能であったと考えられること、本件売買契約締結の際にも、仲介者である訴外上東野から、クラックの存在と、雨漏りが発生したことがあった旨の説明を受けていることが認められる。
原告が、本件売買契約時までに知り得た本件建物の瑕疵に関する情報が、右以上のものであったことを認めるに足りる証拠はない。
(2) すなわち、<書証番号略>によれば、昭和六三年一月二七日、被告の意を受けた金子総業から本件建物の建築施工者である補助参加人京葉都市開発に対し、壁面のクラックについてのクレームがあり、本件建物の設計及び工事監督者である株式会社伊藤建築設計事務所の代表取締役伊藤武、補助参加人三菱セメント建材の担当者らが立ち会って現地調査をしたこと、同年四月、補助参加人三菱セメント建材から右伊藤建築設計事務所あてにメース間の固定目地の剥離がクラックが発生の原因である旨の報告書が提出されたことが認められるが、この事実が原告に伝えられた形跡は全くない。
(3) また、補助参加人三菱セメント建材は、原告と訴外児島の密接な関係から、原告も訴外児島同様、本件売買契約以前から本件建物のクラックの発生等を熟知していたはずであると主張するところ、児島証言、齋藤証言によれば、訴外児島は原告の顧問税理士であり、本件売買契約も、原告の相続税対策と訴外児島の土地取得という双方の需要を充足させるために共同して推進されてきたものであることが認められるけれども、そもそも訴外児島が本件建物の瑕疵についてどの程度まで詳細正確に知っていたかは本件証拠上明確でないばかりでなく、右両者の関係から直ちに両名の認識も同程度であったと推論するのは論理の飛躍がある。むしろ、訴外児島は、本件一の土地を取得するために、原告がクラックや雨漏りのことを問題とせずに売買契約をしてくれることに利益をもっていたと認める余地があり、訴外児島が知っていたことも原告に十分伝えなかった可能性の方が高いというべきである。
(4) さらに、原告が本件売買契約締結の二、三日後、訴外上東野から本件建物の修理費等に充てる趣旨で六〇〇万円を受領したことは当事者間で争いがないが、原告は、本件建物にクラックがあることは知っていたのであるから修理費名目で金銭を受領することは不自然ではないし、いずれにせよ、右金員受領の事実から、原告に前記認定以上の瑕疵についての具体的認識があったと推認することはできない。
(5) したがって、本件建物にクラックが存在していること及びかつて雨漏りの発生があったことにつき認識があったにすぎないことになるから、原告が契約の目的を達成できない程度に重大な瑕疵(前記1の(二)(三))の存在について悪意であったとは到底いえない。
(三) そこで、次に、原告が右瑕疵を知らなかったことにつき過失があるかどうか検討する。
(1) 右認定のように、原告は、少なくともクラックの存在及び雨漏りがあった事実を知っていたのであり、容易になし得る調査の方法もあったのであるから、いかに、訴外児島から「千葉沖地震によりクラックが入ったが、完全に修理済みなので建物の価値には全く関係ない」旨、訴外上東野から、「千葉沖地震により雨漏りを発生したが、その後完全な修理を実行し、現在は無欠陥の建物である」旨、それぞれ説明を受けたからといって(<書証番号略>及び齋藤証言)、これを鵜呑みにするのは、原告のように不動産取引に無経験の素人ではなく、また、本件のような高額の取引を行う者としては軽率にすぎるのではないかとの疑問があり得よう。
(2) しかし、本件のクラックは、前述のようにメース板の上に二丁掛タイルが、馬踏み目地で施工されていることが主要な原因で発生したものであり、その点にこそ根本的な瑕疵があったものである。こうした設計・施工上の欠陥は専門家による調査をまって初めて明らかになる性格のものであることも前記のとおりであって、本件のような一般的な居住用建物の買主にこうした瑕疵についてまで調査すべき注意義務はないと解するのが相当であるから、原告が右のような専門的調査を行わず、地震による単純なクラックであるという説明を信じたことに過失があるとはいえない。
また、前記水道管及び浄化槽に関する瑕疵については、破裂事故・漏水が発生したのは本件売買契約後のことであり、それ以前には瑕疵の存在を疑わせる事情はなかったのであるから、瑕疵を知らなかったことにつき過失はない。
(3) 右のように、原告は、売買契約の目的を達することができない程度の重大な瑕疵につき、これを知らなかったことに対して過失があったと認めることができないから、この点において、被告の瑕疵担保責任を否定することはできない。
3 除斥期間の経過
(一) 民法五七〇条、五六六条三項にいう「買主カ事実ヲ知リタル時」とは、前記2で述べた買主の悪意・過失の有無を判断する対象事実の場合と同様、解除権の除斥期間については、契約解除ができる程度の重大な瑕疵を知ったときと解すべきである。
(二)(1) 前述のように(1の(二)(三))、本件契約解除の理由となるべき瑕疵の主要な点は、①クラックの原因たる外壁タイル工事の設計・施工上の瑕疵、②防水工事の不完全・不適切及び③水道管及び浄化槽に関する瑕疵であるが、これらの瑕疵について、原告が本件売買契約当時認識していなかったことは2の(二)で述べたとおりである。
(2) そして、右①の瑕疵については、原告が一級建築士加藤健作に依頼して調査を行った平成元年一〇月二八日(<書証番号略>)、②の瑕疵については、平成元年八月六日の台風の際に三〇三号室の居住者訴外野田から大漏水の発生の連絡を受け、同時に過去の雨漏りについても話を聞いたとき(<書証番号略>及び齋藤証言)、③の瑕疵については、水道管破裂事故が起きた平成元年一〇月と浄化槽からの漏水が判明した平成二年八月(別紙瑕疵等一覧表(四)掲記の証拠)の各時期以前に、原告がこれらの瑕疵の存在を認識したことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 被告及び補助参加人三菱セメント建材は、原告が本件建物を購入した直後、居住者から修理の依頼を受け、今までそれを実行しなかったとの苦情が殺到し、各種の対策を取ったこと(<書証番号略>)から、原告は本件売買契約直後ころ本件瑕疵を知ったものと主張するが、<書証番号略>及び齋藤証言によれば、売買契約直後に寄せられた居住者からの苦情は、「窓から水が入る」「内装が濡れて困る」「押入れが湿気ている」「床が多少沈む」といった程度のものにとどまるから、前記②の瑕疵について、直ちにこれを認識したと推認するには足りない。
(4) 本件訴え提起は平成二年七月二七日であるから(当裁判所に顕著な事実)、除斥期間内であることが明らかである。
4 瑕疵通知義務の懈怠
齋藤証言によれば、貸しビル業を営んでいるのは株式会社一不二総業であることが窺われ、原告自身が商人であることを認めるに足りる証拠はないから、商法五二六条を適用すべき理由はない。
三原状回復請求権の内容について
1 原告は、本件解除に基づく原状回復請求として、被告に対し、本件売買代金のうち本件建物の価格一億七八一二万五〇〇〇円及び本件二の土地の価格相当金額の返還を求めることができる。
原告は、本件一、二の土地の価格は全体につき一平方メートルあたり五一万五〇〇〇円と定められたものであり、本件二の土地の価格相当金額も右単価に面積を乗じたものであるべきであると主張する。
2 しかし、本件売買契約書(<書証番号略>)において、土地と建物の代金額は各別に定められているが、土地の中での本件一の土地と本件二の土地とについて各別の代金額は定められていない。全体の土地代金額を決定した計算根拠としては、両者の単価に差を設けず一平方メートルあたり前記金額としたとしても、両者についての売買契約を可分として、一方の土地についてのみ契約を解除する場合には、売主の原状回復義務としては、売主が返還を受ける土地の価値に対応する代金額を買主に返還すれば足りると解すべきである。
本件においては、買主(原告)が、単価の高い方の本件一の土地を前記同一単価のままで訴外児島に廉価で売却したために、原告が不当な損害を被るように見えるだけで、買主が一方の土地を処分していない場合(この場合も理論上は可分解除がありうる)、あるいは時価に従って売却した場合を想定すれば、原告主張の見解は、買主に不当な利得を残す結果を招来することが明らかであろう。
要するに、個別に代金額の決定がされておらず、かつ解除権行使の上で可分と考える以上、各土地の相対的な価格の差は、原状回復義務に反映させるのが、公平にかなうのである。
3 そうすると、本件二の土地について、返還すべき売買代金の額は、本件一、二の土地全体について支払われた代金額四億九五〇五万四〇五〇円を、本件売買契約時の各土地の時価(鑑定の結果)の比と面積に従って按分したものとすべきであって、その額は別紙計算表記載のとおり二億〇五一九万四一〇九円である。
四結論
以上のとおりであるから、原告の主位的請求は、金三億八三三一万九一〇九円の支払い及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金築誠志 裁判官田中俊次 裁判官佐藤哲治)
別紙物件目録<省略>
別紙瑕疵等一覧表(一)ないし(四)<省略>
別紙計算表<省略>